支那は昔から「文字の国」であり、最も文化を尊重してゐる。故に我々日本人が支那人に最も
優れた科学文化、精神文化を示せば、彼等は自然と日本人に帰服し、悦服するに違ひない。
かくて日本人は支那人と握手して、東亜新秩序の建設を実現することが出来るであらう。
今次の支那事変は支那の誤解を打破する覚醒戦である。この意味に於て我々は聖戦の戟を
取ったのである。故に我々は飽くまで支那人を敬愛し、その境遇に同情し、有無相通じて
共存共栄の実を挙ぐべきである。「排日」「侮日」の怨みに、徳を以て報いなければならぬ。
若しヨーロッパに於ける独仏の、犬猿関係に類する国際心理が今後日本支那両国の間に
発生するならば今次の聖戦は全くその意義を没却するであらう。
一 「文字の国」トハドウイウワケカ
二 「犬猿関係」トハドンナコトカ
三 日支ノ共存共栄トハドウシタラ実現デキルカ
1941年 西南学院高等部
『大学入試の「国語」』(鈴木義里)という本から引用させてもらいました。
時代背景がうかがえます。
この本によると、戦中、戦後の混乱期にも入試は行われ、
しかも、終戦の翌年にはいわゆる過去問も発売されていたそうですから驚きです。
解答例は
一 武によつて立つて来た国ではなく、武よりも文を尊び、文の力によつて政治を
行つて来た国といふ意味。
二 犬と猿のやうに、仲の悪いあひだがらに譬へていふ語。ここでは独仏を犬猿に譬へた。
三 支那人を敬愛し、その境遇に同情して徳を以て彼等にのぞみ、互に有無相通じて行く
ところに共存共栄の実現がある。
だそうです。